生前贈与における「贈与契約書」はなぜ必要?書き方とポイントを解説
生前贈与は、大切なご家族へ財産を贈ることで、将来の相続税の負担を減らしたり、ご自身の意思を反映した財産承継を実現したりする方法の一つです。生前贈与を進める上で、「贈与契約書」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。「契約書なんて必要なのだろうか?」と疑問に思われている方もいらっしゃるでしょう。
この記事では、生前贈与においてなぜ贈与契約書が必要なのか、そしてご自身で作成する場合の基本的な書き方や注意点について、分かりやすくご説明します。
そもそも「贈与」とは?なぜ契約書が必要なの?
まず、「贈与」とはどのようなものかをご説明します。贈与は、財産を「あげます」という意思表示をする人(これを「贈与者」と呼びます)と、それを受け取る人が「もらいます」と承諾する、お互いの合意によって成立する「契約」です。
法律上は、この合意があれば贈与は成立します。つまり、理屈の上では口約束だけでも贈与は成立するということになります。しかし、実際には生前贈与を行う際に贈与契約書を作成することが強く推奨されています。その理由はいくつかあります。
贈与契約書を作成する主な理由
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税務署からの確認への対応 生前贈与で財産を受け取った場合、贈与税がかかることがあります。税務署は、財産が「贈与」によって移転したのかどうかを確認することがあります。贈与契約書があれば、「確かにこの日に、この財産を贈与しました(贈与されました)」という明確な証拠として提示できます。口約束だけでは、税務署に贈与の事実を証明するのが難しくなる場合があります。
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ご家族間でのトラブル防止 口約束だけでは、「言った」「言わない」、「もらった」「もらってない」といった争いが後々発生するリスクがあります。贈与契約書として書面に残しておけば、誰が、いつ、誰に、どのような財産を贈与したのかが明確になり、ご家族間での誤解やトラブルを防ぐことにつながります。
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贈与の撤回を防ぐ 民法という法律では、贈与の意思表示をした後でも、実際に財産を渡す前であれば、贈与契約を撤回できると定められています。ただし、「書面による贈与」については、原則として撤回できないことになっています。これは、書面でしっかり契約を結んだ贈与は、贈与者の意思が固いものとみなされるためです。確実に贈与を実行したい、途中で気が変わっても撤回されないようにしたい、という場合には、贈与契約書が有効です。
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「名義預金」と疑われるリスクの低減 ご両親などが、お子様やお孫様の名義で預金をしているケースがあります。これ自体は問題ありませんが、もしその預金がお子様やお孫様本人の意思に基づかず、ご両親などが自由に管理・利用している状態であれば、税務署から見て「実質的には贈与者の財産なのに、名義だけを変えているだけではないか?」、つまり「名義預金」ではないかと疑われる可能性があります。名義預金とみなされると、贈与があったと認められず、将来相続が発生した際にその預金が全て贈与者の相続財産として扱われ、相続税の負担が増えてしまうことがあります。贈与契約書を作成し、実際に贈与の事実を明確にすることで、このような名義預金のリスクを減らすことができます。
これらの理由から、生前贈与を行う際には、金額の大小に関わらず、贈与契約書を作成することが強く推奨されています。
贈与契約書の基本的な書き方
「契約書」と聞くと難しく感じるかもしれませんが、贈与契約書には法律で定められた厳格な形式があるわけではありません。ご自身で作成することも可能です。市販のひな形を利用したり、専門家(弁護士や税理士など)に作成を依頼したりすることもできます。
ここでは、ご自身で基本的な贈与契約書を作成する場合に記載すべき主な項目をご紹介します。
記載すべき主な項目
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贈与契約書の見出し 書類の一番上に「贈与契約書」や「金銭贈与契約書」といった見出しをつけます。
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贈与する人(贈与者)と受け取る人(受贈者)の特定 誰が誰に贈与するのかを明確にします。
- 贈与者(財産をあげる人)の氏名、住所
- 受贈者(財産をもらう人)の氏名、住所
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贈与する財産の内容 どのような財産を贈与するのかを具体的に記載します。
- 現金の場合: 贈与する金額を「金〇〇円也」のように明確に記載します。例えば、「金壱百拾万円也」など。
- 不動産の場合: 登記簿謄本に記載されている通り、所在、地番、地目、地積(土地)、家屋番号、構造、床面積(建物)などを正確に記載します。
- その他の財産(株式、預貯金、自動車など)の場合: その財産が特定できるよう、種類、数量、銘柄名、口座番号、登録番号などを具体的に記載します。
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贈与の時期(いつ財産を渡すか) 贈与契約を交わす日と、実際に財産を渡す日(これを「履行期」と呼びます)を記載します。「本契約成立と同時に贈与する」と記載する場合や、「令和〇年〇月〇日までに贈与する」のように具体的な期日を定める場合があります。
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契約の成立日 贈与契約書を作成し、双方(贈与者と受贈者)が署名・押印した日付を記載します。
簡単な文例(金銭贈与の場合)
贈与契約書
贈与者 ○○○○(以下「甲」という)と受贈者 △△△△(以下「乙」という)は、以下のとおり贈与契約を締結した。
第1条 甲は乙に対し、甲の所有する現金 金壱百拾万円也 を贈与する。
第2条 甲は、前条の金員を令和〇年〇月〇日までに、乙の指定する銀行口座に振り込む方法により贈与を履行する。
第3条 乙は、本贈与による財産を取得したことを承諾した。
本契約締結の証として、本書2通を作成し、甲乙それぞれ記名押印の上、各1通を保有する。
令和〇年〇月〇日
(甲)
住所:
氏名: 印
(乙)
住所:
氏名: 印
※これはあくまで簡単な例です。実際の状況に合わせて内容は調整してください。
贈与契約書を作成する際のポイント・注意点
贈与契約書をより確実なものにするために、いくつか押さえておきたいポイントがあります。
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記名押印はしっかりと 贈与者と受贈者の双方が、ご自身の氏名を記載し、押印します。実印(市区町村に登録している印鑑)での押印が望ましいとされています。特に不動産などの登記が必要な財産の場合は、実印が必要になります。可能であれば、印鑑証明書も一緒に準備しておくと、契約の信頼性が高まります。
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日付の正確性 契約書の作成日と、実際に財産を渡す日(履行期)を正確に記載します。特に暦年贈与(年間110万円までの非課税枠を利用する贈与)の場合、その年の贈与として認められるためには、その年の1月1日から12月31日までの間に贈与の「履行」が完了している必要があります。贈与契約書の作成日と、実際に財産を渡した日付がいつなのかは、税務上重要なポイントになります。
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複数年にわたる贈与の場合 毎年継続して贈与を行う場合(例えば、毎年110万円以内を贈与する暦年贈与)、原則として毎年その都度贈与契約書を作成する必要があります。「これから10年間、毎年110万円を贈与する」という契約書を1通だけ作成しても、それは定期贈与とみなされ、最初に全額(この場合は110万円×10年分)に対する贈与契約が成立したとみなされ、高額な贈与税がかかる可能性があります。毎年新たに贈与の合意をして契約書を作成することが重要です。
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贈与を受けた人の認識と自由な管理 「名義預金」と疑われないためにも重要なことですが、贈与は受け取る側(受贈者)が「贈与を受けた」という認識を持ち、受け取った財産を自由に管理・利用できる状態になっていることが大切です。例えば、親が子供名義の通帳を作り、その通帳と印鑑を親が管理しているような状態では、いくら贈与契約書があっても贈与があったと認められない場合があります。贈与契約書の作成と併せて、実際に財産が移転し、受贈者がそれを管理できる状態にすることを忘れないでください。
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専門家への相談も検討 ご自身の状況に合わせて、より確実な贈与契約書を作成したい場合や、税務上の疑問がある場合は、税理士や弁護士といった専門家への相談を検討しましょう。専門家は、個別の事情に合わせてアドバイスや書類作成のサポートをしてくれます。
まとめ
生前贈与における「贈与契約書」は、法律上の義務ではありませんが、税務署への証明、ご家族間のトラブル防止、贈与の撤回防止、名義預金リスクの低減といった観点から、作成することが強く推奨される重要な書類です。
特別な形式はありませんが、贈与者と受贈者の情報、贈与する財産の内容、贈与の時期などを明確に記載する必要があります。ご自身で作成する際は、この記事でご紹介した基本的な書き方や注意点を参考にしてください。
贈与契約書の作成は、大切なご家族へ財産を安心して引き継ぐための、最初の一歩となります。不明な点や不安がある場合は、専門家にご相談いただくことも検討しながら、トラブルのない生前贈与を進めていきましょう。