暦年贈与とは?仕組み、メリット・デメリット、注意点を解説
はじめに
相続に関心をお持ちの方の中には、「生前贈与」という言葉を聞いたことがある方も多いでしょう。生前贈与は、ご自身が元気なうちに大切な財産を家族などに渡すことで、相続税の負担を減らしたり、スムーズな財産承継を実現したりするための有効な手段の一つです。
生前贈与にはいくつか種類がありますが、その中でも広く利用されているのが「暦年贈与」です。年間110万円までなら贈与税がかからないという非課税枠があるため、多くの方がこの方法を検討されています。
このページでは、生前贈与にご関心のある読者の方に向けて、暦年贈与の基本的な仕組みから、メリット・デメリット、そして特に注意していただきたい点について、分かりやすく丁寧にご説明します。手続きが難しそうだと感じている方も、まずはここから暦年贈与について理解を深めてみましょう。
暦年贈与とは?
暦年贈与とは、1月1日から12月31日までの1年間(暦年)に贈与を受けた財産の合計額に対して贈与税が課税される制度のことです。
贈与税には「基礎控除」という制度があり、この基礎控除額の範囲内であれば贈与税はかかりません。暦年贈与における基礎控除額は、受贈者(贈与を受ける側)一人あたり年間110万円です。
つまり、同じ人が1月1日から12月31日までの1年間に受け取った財産の合計額が110万円以下であれば、贈与税の申告も納税も必要ありません。
この年間110万円の非課税枠を活用して、毎年少しずつ財産を贈与していくのが、暦年贈与の一般的な活用方法です。
暦年贈与の基本的な仕組み
暦年贈与では、1年間(1月1日~12月31日)に贈与を受けた人ごとに、その年に受け取った財産の合計額を計算します。
そして、その合計額から基礎控除額110万円を差し引いた残りの額に贈与税がかかります。
贈与税額 = (1年間に受け取った財産の合計額 - 110万円) × 税率
贈与税の税率は、贈与を受けた人や金額によって異なります。
例えば、お父様から150万円、お母様から50万円を同じ年に受け取った場合、1年間に受け取った財産の合計額は150万円+50万円=200万円となります。 この場合、基礎控除110万円を差し引くと、200万円 - 110万円 = 90万円となり、この90万円に対して贈与税がかかります。
年間110万円以下の贈与であれば贈与税がかからないため、贈与税の申告や納税の手続きは不要です。これが、暦年贈与が手軽な生前贈与の方法として利用される大きな理由です。
暦年贈与のメリット
暦年贈与を活用することには、主に次のようなメリットが考えられます。
メリット1:計画的に贈与ができる
年間110万円の非課税枠を利用して、毎年計画的に少しずつ財産を移していくことができます。例えば、毎年110万円ずつ10年間贈与すれば、合計で1,100万円を贈与税の負担なく贈与することが可能です。時間をかけて行うことで、一度に大きな金額を贈与するよりも負担が少なく、計画的な資産承継につながります。
メリット2:贈与税の負担を抑えられる(またはなくせる)
非課税枠を活用すれば、贈与税をかけずに財産を渡すことができます。また、非課税枠を超える場合でも、贈与する金額を調整することで、贈与税の負担を抑えることが可能です。相続税は財産の総額に対してかかるため、生前に財産を減らしておくことで、将来の相続税負担を軽減する効果が期待できます。
メリット3:比較的シンプルに始められる
年間110万円以下の贈与であれば、原則として税務署への申告は不要です。複雑な手続きなしに贈与を始めることができる点が、多くの方にとってのハードルを下げています。ただし、後述するいくつかの注意点については、必ず理解しておく必要があります。
暦年贈与のデメリットと注意点
暦年贈与はメリットが多い一方で、いくつか注意しておきたい点があります。これらの注意点を理解していないと、思わぬ税金がかかってしまったり、贈与として認められなかったりする可能性があります。
注意点1:名義預金とみなされるリスク
お子様やお孫様名義の預金口座に毎年お金を積み立てていく方法は、一見暦年贈与のように見えます。しかし、その口座の管理やお金の使い道を贈与した側(親や祖父母)が行っている場合、税務署から「名義預金(預金名義と実際の所有者が異なる預金)」と判断されることがあります。
名義預金と判断されると、その預金は実際には贈与した側の財産であったとみなされ、将来の相続時に相続財産として扱われてしまいます。贈与が成立したと認められるためには、贈与を受けた側がその財産を自由に使える状態にあり、贈与の事実を認識していることが重要です。
注意点2:連年贈与とみなされるリスク
毎年同じ時期に同じ金額を同じ人へ贈与することを長年続けていると、税務署から「最初からまとめて贈与するつもりだったのに、税金を逃れるために毎年分割して贈与した」と判断されることがあります。これを「連年贈与」とみなし、最初に贈与を開始した年に全額をまとめて贈与したと判断され、多額の贈与税が課されるリスクがあります。
連年贈与とみなされないためには、毎年改めて贈与の意思を確認し、贈与のたびに贈与契約書を作成するなどの対策が必要です。贈与する金額や時期を毎年少しずつ変えることも一つの方法ですが、最も重要なのは「毎年独立した贈与である」という客観的な証拠を残すことです。
注意点3:贈与契約書を必ず作成しましょう
年間110万円以下の贈与であれば申告は不要ですが、それでも贈与契約書を作成することを強くお勧めします。口約束でも贈与は成立しますが、税務署に贈与の事実や「毎年独立した贈与である」ことを証明する客観的な証拠が残りません。
贈与契約書には、「いつ(日付)」「誰が(贈与する人)」「誰に(贈与を受ける人)」「何を(贈与する財産)」「いくら(金額)」贈与したのかを明確に記載します。これにより、名義預金や連年贈与とみなされるリスクを減らし、税務調査の際にスムーズに対応することができます。
注意点4:相続開始前の贈与加算
被相続人(亡くなった方)から相続人(法定相続人)が相続開始前一定期間内に受けた贈与は、原則として相続財産に持ち戻して相続税を計算するルールがあります。この期間は現在、段階的に延長されつつあります。
このルールがあるため、暦年贈与を行ったとしても、贈与を受けた人が相続人である場合、相続開始の時期によっては、過去の贈与が相続税の対象になることがあります。ただし、相続人以外の方(お孫さんなど)への贈与は、原則としてこの加算の対象にはなりません。この点は複雑な場合がありますので、ご自身の状況に合わせて確認することが重要です。
暦年贈与を始めるには?具体的な方法
暦年贈与を始めるための一般的な流れは以下の通りです。
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誰に、何を、いくら贈与するかを決める ご家族と話し合い、誰に(お子様、お孫様など)、どのような財産(現金、預貯金、不動産など)、いくら贈与したいのかを具体的に決めます。年間110万円の非課税枠を意識して金額を設定すると良いでしょう。
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贈与契約書を作成する 贈与契約は、贈与する側と贈与を受ける側の合意によって成立します。合意した内容を書面にし、署名・捺印した「贈与契約書」を作成します。この契約書は、贈与の事実を証明する大切な書類となります。インターネットで贈与契約書のひな形を探すこともできますが、ご自身の状況に合わせて作成することが大切です。日付、贈与する人・受ける人の氏名住所、贈与する財産の内容と金額などを正確に記載します。
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贈与を実行する 贈与契約書に基づいて、実際に財産を渡します。現金を直接手渡しするのではなく、贈与を受ける人名義の預金口座へ振り込む方法をお勧めします。これにより、いつ、誰から誰に、いくら贈与されたのかという記録が通帳に残るため、贈与の証拠となります。
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贈与契約書を保管する 作成した贈与契約書は、贈与する側と受ける側がそれぞれ大切に保管します。将来、税務調査などが入った場合に、贈与の事実を証明する書類となります。
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必要に応じて贈与税の申告・納税を行う 1年間(1月1日~12月31日)に贈与を受けた財産の合計額が110万円を超える場合は、翌年の2月1日から3月15日までの間に税務署に贈与税の申告をし、納税する必要があります。
贈与税の申告について
年間110万円以下の贈与であれば申告は不要ですが、110万円を超える贈与を受けた場合は、贈与を受けた人が自分で計算して税務署に申告し、税金を納める必要があります。申告期間は、贈与を受けた年の翌年の2月1日から3月15日までです。
申告書は税務署の窓口で入手できるほか、国税庁のホームページからダウンロードすることも可能です。申告書の作成方法や手続きについて不明な点があれば、税務署に相談することもできますが、申告の内容が複雑な場合や、正確な計算に自信がない場合は、税理士に相談することも検討すると良いでしょう。
まとめ
暦年贈与は、年間110万円の非課税枠を活用して、計画的に財産を次世代へ引き継ぐことができる有効な方法です。相続税対策や円満な財産承継のために、多くの方が利用されています。
しかし、「名義預金とみなされるリスク」や「連年贈与とみなされるリスク」、そして「相続開始前の贈与加算」など、いくつかの重要な注意点があります。これらの注意点を理解し、必ず贈与契約書を作成し、贈与の証拠を残すことが、暦年贈与を成功させるための鍵となります。
ご自身の財産状況やご家族構成によって、生前贈与の方法や効果は異なります。暦年贈与がご自身の状況に合った方法なのか、他の生前贈与の方法(例えば相続時精算課税制度など)と比較してどうか、といった判断は慎重に行う必要があります。
このページでご説明した内容は一般的な情報です。個別のケースにおける詳しい税務上の取り扱いや法的な判断については、お近くの税理士や弁護士といった専門家に相談されることをお勧めします。まずは暦年贈与の基本を理解し、ご自身の資産承継について考える一歩としていただければ幸いです。