生前贈与の方法「相続時精算課税制度」とは?仕組みと活用法を解説
生前贈与をご検討になる中で、「相続時精算課税制度」という言葉を耳にされたことがあるかもしれません。これは、生前贈与を活用する際の一つの方法として注目されています。
この制度は、少し複雑に感じられるかもしれませんが、仕組みを理解すれば、ご自身の状況に合った生前贈与の選択肢の一つとなる可能性があります。
この記事では、相続時精算課税制度がどのような制度なのか、その仕組みやメリット・デメリット、そして利用するための具体的な手続きについて、丁寧にご説明していきます。
相続時精算課税制度とは?
相続時精算課税制度とは、贈与税と相続税を一体として捉え、贈与時には一定の特別控除を設け、将来相続が発生した時に、過去の贈与財産と相続財産を合計して相続税を計算し直す制度です。
簡単に言うと、生前に贈与した財産にかかる税金を、贈与を受けた時ではなく、贈与した方が亡くなった時(相続時)にまとめて精算する、という考え方に基づいています。
この制度は、暦年贈与(毎年1月1日から12月31日までの1年間に贈与を受けた財産の合計額が110万円までなら贈与税がかからない制度)とは、全く異なる仕組みを持つ制度です。どちらの制度を選ぶかは、贈与する方の状況や目的に応じて慎重に検討する必要があります。
誰が利用できる制度ですか?
この制度を利用できる方(贈与者)は、贈与した年の1月1日時点で60歳以上の父母または祖父母です。
そして、この制度を使って贈与を受ける方(受贈者)は、贈与者の20歳以上の子または孫と決められています。(※)
つまり、親子間や祖父母・孫の間での生前贈与に利用できる制度ということになります。
(※)令和6年1月1日からは、受贈者の年齢要件が18歳以上に引き下げられました。
どのような財産が対象になりますか?
相続時精算課税制度は、現金、預貯金、土地や建物などの不動産、株式など、ほとんどの財産に適用することができます。財産の種類に制限はありません。
相続時精算課税制度の仕組み
相続時精算課税制度の最大の特徴は、「2,500万円の特別控除枠」があることです。
- 特別控除枠: この制度を選択すると、贈与者一人あたり合計2,500万円までの贈与財産に対して、贈与税が非課税となります。この2,500万円は、複数年にわたって利用することができます。例えば、初年度に1,000万円、次年度に1,500万円といったように、合計で2,500万円になるまで特別控除が適用されます。
- 特別控除枠を超えた場合: 2,500万円の特別控除枠を超えて贈与した財産については、超えた部分の金額に対して一律20%の贈与税がかかります。
- 相続時の精算: 贈与者が亡くなり相続が発生した時、相続時精算課税制度を利用して贈与を受けた財産(贈与時の評価額で計算します)と、相続によって取得した財産を合計して相続税の計算を行います。この時、生前贈与時に支払った贈与税額(もしあれば)は、算出した相続税額から差し引かれます。もし差し引ききれない金額があっても、払いすぎた分として還付されます。
【重要なポイント】
- 贈与税の申告は必要: 2,500万円の特別控除枠内で贈与を行い、贈与税がかからなかった場合でも、税務署への申告が必要です。申告を行わないとこの制度の適用を受けられません。
- 一度選択すると変更できない: 一度、特定の贈与者と受贈者の間で相続時精算課税制度を選択すると、その組み合わせについては、その後の贈与に対して暦年贈与を利用することはできなくなります。
相続時精算課税制度のメリット
この制度には、主に次のようなメリットが考えられます。
- 多額の財産を一度に贈与しやすい: 2,500万円という大きな特別控除枠があるため、自宅や土地などの不動産のように、評価額が高い財産をまとめて贈与しやすい点がメリットです。贈与税の負担を心配せずに、まとまった財産を次世代に渡すことができます。
- 将来値上がりが予想される財産を早期に移転できる: 贈与した財産は、将来相続が発生した際に、贈与した時点での評価額で相続財産に加算されます。もし、将来値上がりする可能性のある財産を贈与した場合、贈与時の低い評価額で相続財産に加算できるため、相続税の負担を軽減できる可能性があります。
- 教育資金やマイホーム資金などの援助に利用しやすい: 子や孫がまとまった資金を必要としている場合に、この制度を活用して非課税で資金援助ができます。贈与税を気にせず、必要な時に必要な金額を渡せる点は大きなメリットです。
- 贈与税の計算がシンプル: 2,500万円以内であれば贈与税はかかりません。超えた場合も、税率は一律20%と比較的シンプルに計算できます。
相続時精算課税制度のデメリット・注意点
メリットがある一方で、注意しておきたいデメリットも存在します。
- 一度選択すると暦年贈与に戻せない: 最も重要な点です。この制度を選択した贈与者と受贈者の組み合わせでは、その後、毎年110万円の非課税枠がある暦年贈与を利用することはできなくなります。将来にわたる贈与計画を考慮して選択する必要があります。
- 年間110万円の基礎控除が使えない: 相続時精算課税制度を選択した場合、贈与税の年間110万円の基礎控除は利用できません。少額の贈与を毎年行いたい場合は、暦年贈与の方が有利になることが多いでしょう。
- 相続税の負担を軽減できない可能性がある: 贈与財産は相続時に持ち戻され、贈与時の評価額で相続財産に加算されます。このため、相続税の基礎控除額(3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数)によっては、生前贈与をしなかった場合と比べて相続税の負担が変わらない、あるいはかえって増える可能性もあります。相続税がかかるかどうか、かかるとしたらいくらくらいになるかを事前に把握しておくことが重要です。
- 小規模宅地等の特例などが適用できない場合がある: 自宅などの土地を相続した際に、一定の要件を満たせば土地の評価額が大幅に減額される「小規模宅地等の特例」があります。この特例は基本的に相続や遺贈によって取得した財産に適用されるため、相続時精算課税制度で生前贈与した宅地には適用できません。特定の財産を贈与する場合は、適用できなくなる相続税の特例がないか確認が必要です。
- 贈与税がかからなくても申告は必須: 2,500万円の特別控除枠内で贈与税がかからない場合でも、税務署への申告(相続時精算課税選択届出書の提出を含む)をしないと制度の適用を受けられません。申告の手間が発生します。
相続時精算課税制度の具体的な手続き
相続時精算課税制度を利用するためには、税務署への手続きが必要です。
- 制度選択の届出: 贈与を受けた年の翌年の2月1日から3月15日までの贈与税の申告期間中に、「相続時精算課税選択届出書」を、贈与を受けた方(受贈者)の住所地を管轄する税務署に提出します。この届出書は、最初にこの制度を利用して贈与を受けた年に提出すれば、その後の贈与については改めて提出する必要はありません。
- 贈与税の申告: 贈与税の申告書を作成し、必要書類を添付して、1の届出書と一緒に税務署に提出します。2,500万円の特別控除枠内で贈与税額がゼロになる場合でも、この申告と届出書の提出は必要です。
- 必要書類の例:
- 贈与税申告書
- 相続時精算課税選択届出書
- 受贈者(贈与を受けた方)の戸籍謄本等(贈与者との関係を明らかにするもの)
- 贈与者(贈与した方)の住民票等(氏名、生年月日、住所を明らかにするもの)
- その他、贈与財産の種類に応じた書類(不動産の登記簿謄本、預貯金の残高証明書など)
これらの書類は、税務署の窓口で入手したり、国税庁のウェブサイトからダウンロードしたりすることができます。手続きについて不明な点があれば、税務署に問い合わせてみるのが良いでしょう。
暦年贈与との比較
相続時精算課税制度と暦年贈与は、どちらも生前贈与の方法ですが、仕組みが大きく異なります。
- 暦年贈与: 毎年110万円までの非課税枠を利用して、コツコツと長期間にわたって少額の贈与を行うのに向いています。相続発生時に過去の贈与財産の一部が相続財産に持ち戻されるルールはありますが、基本的には贈与を繰り返すことで贈与財産を積み上げていく方法です。
- 相続時精算課税制度: まとまった財産を一度に、または比較的短期間に贈与するのに向いています。2,500万円の特別控除枠は魅力的ですが、一度選択すると撤回できず、年間110万円の非課税枠は使えなくなります。また、贈与財産は必ず相続時に持ち戻され、相続税計算の対象となります。
どちらの制度が有利かは、贈与したい金額、贈与する期間、贈与する財産の種類、そして贈与者・受贈者それぞれの年齢や資産状況、将来の相続税の見込みなど、様々な要素を考慮して判断する必要があります。
まとめ
相続時精算課税制度は、生前贈与を通じて財産を円滑に次世代へ引き継ぐための選択肢の一つです。特に、まとまった財産を一度に贈与したい場合や、将来の値上がりが予想される財産を移転したい場合に有効な場合があります。
しかし、一度選択すると撤回できないこと、年間110万円の基礎控除が利用できなくなること、そして贈与財産が相続時に必ず持ち戻されることなど、注意すべき点も少なくありません。
ご自身の生前贈与の目的や、将来の相続までを見据えた上で、この制度が適しているかどうか、慎重に検討することが大切です。もし、判断に迷う場合は、税理士などの専門家に相談してみるのも良いでしょう。専門家であれば、個別の状況に合わせた具体的なアドバイスをもらうことができます。
この記事が、相続時精算課税制度についてご理解を深める一助となれば幸いです。